大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和45年(行ウ)21号 判決 1973年1月17日

原告 山口氏康

被告 運輸大臣

訴訟代理人 片山邦宏 外六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一、被告が昭和四五年一月一〇日、自旅二四号の四をもつて帝産広島バス株式会社に与えた運賃変更認可処分のうち、草津線(広島駅―己斐経由―庚午住宅)に関する部分は無効であることを確認する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告の本案前の申立)

一、原告の訴を却下する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

(本案に対する答弁)

主文どおり。

第二、主張

(請求原因)

一、原告は帝産広島バス株式会社(以下単に訴外会社ともいう。)草津線沿線の広島市庚午中四丁目九の二八に居住し、庚午中町内会及び広島地区公共料金対策協議会の会長を勤め、日常右草津線バスを利用している者である。

二、一般乗合旅客自動車運送事業を営む訴外会社は、道路運送法第八条第一項に従い、被告に対し、昭和四四年六月三〇日帝広一一六〇号をもつて一般乗合旅客自動車運送事業の運賃変更の認可を申請していたところ、被告は昭和四五年一月一〇日、申請どおり運賃変更を認可した。

三、その結果、訴外会社は、昭和四五年一月二一日広島市内のバス運賃を二〇円から三〇円に、三〇円から五〇円に変更した。この変更により、前記草津線において、庚午中一丁目の隣町である庚午北四丁目は従来どおり三〇円に据置かれたが、原告の居住する庚午中町区域の町界である庚午中一丁目に入ると、従来の三〇円の運賃が五〇円となり約七〇パーセントの値上げがなされた。

四、しかし、被告のなした右認可処分には次のような明白かつ重大な瑕疵があるから無効である。

(1) 右認可による運賃値上率は平均二九・五%であるが、三〇円から五〇円に値上げされた地域は約七〇%の値上げであるから、平均値上率の二倍以上となり、公平の原則を逸脱し、特定の旅客に対し不当な取扱いをしており、道路運送法第八条第二項に違反する。

(2) 右認可により広島市内の特定地帯は三〇円均一運賃となり、被告は、その範囲は紙屋町バスセンターを中心起点に半経四キロメートルで円をかいた範囲内であると言つている。

しかし、南部の宇品(六キロメートル)、日宇那(六・九キロメートル)、観音(六・五キロメートル)を三〇円区間とし、西部では庚午北四丁目(四・五キロメートル)までを三〇円区間としているのであるから、市内の均一制運賃区間の平均運行距離は五・六キロメートルである。

しかるに、庚午中一丁目(約四・七キロメートル)から庚午住宅(五・九キロメートル)までの間を五〇円区間としているのは、特定地帯の設定に不合理、不公正がある。

(3) 運輸審議会の決定(運輸省告示第三三〇号で運輸審議会件名表登載告示があつた。)した基本運賃によれば、一キロメートル当りの基準賃率は六円五〇銭、市内均一制運賃は三〇円であるから、庚午住宅までの運賃は、庚午北四丁目までの三〇円に一〇円(庚午北四丁目から庚午住宅までは一・四キロメートルだから六円五〇銭の基準賃率で計算すると、その間は九円一〇銭となる。)を加算した四〇円となるはずであつて、五〇円とはならない。

(4) 本件認可処分には手続上の瑕疵があるから違法である。

すなわち、運輸審議会一般規則第一条により公聴会主義の原則が採用されているにも拘らず、運輸審議会が利用者の代表を利害関係人から除外したことは違法である。

五、よつて、原告は被告のなした右認可処分のうち、草津線(己斐経由広島駅庚午住宅間)に関する部分は無効であることの確認を求める。

(本案前の抗弁)

一、本件運賃変更認可処分は、道路運送法第八条に基づくものであるが、同条規定の趣旨は、自動車運送事業が特許事業であり、公的、独占的な性格を有していることに鑑み、事業の適正な経営を保護するとともに、業者の運賃改正行為等を抑制し、一般大衆の利益を保護することにある。

ところで、この保護の対象とされている一般大衆の利益は、公共の利益とも換言することのできる抽象的利益であつて、特定の自動車運送事業利用者の具体的、法律的利益ではない。

二、したがつて、被告のなした運賃変更認可処分により、訴外会社のバスを利用する原告が何らかの不利益を受けるとしても、それは単なる事実上あるいは経済上の不利益であつて、原告の法律上の利益が害されるものではない。

三、そうすると、原告は、本件認可処分につき、抗告訴訟を提起する法律上の利益を有するものではないから、本件訴は不適法として却下されるべきである。

(請求原因に対する答弁)

一、請求原因第一項は不知。

二、同第二、第三項は認める。

三、同第四項(1)号は争う。

同項(2)号中、特定地帯の設定に不合理、不公正があるとの点は争うが、その余は認める。但し、紙屋町バスセンタ―から庚午北四丁目までの距離は約四・七キロメートルであり、庚午中一丁目までの距離は約四・九キロメートルである。

同項(3)号中、運輸省告示第三三〇号で運輸審議会件名表登載告示があつたことは認めるがその余は争う。

同項(4)号は争う。

(本案前の抗弁に対する原告の反論)

一、道路運送法第八条は、自動車運送事業を利用する国民個人の利益、又はその集積としての公共の利益を守るため規定されているものであり、個々の自動車運送事業の利用者を守るために規定されたものではないから、本件訴は法律上の利益を欠くとする被告の主張は、主権在民主義をとる日本国憲法のもとにおいては理由がない。

二、また、被告は、被告がなした運賃変更認可処分により、訴外会社のバスを利用する地域住民である原告が何らかの不利益を受けるとしてもそれは事実上あるいは経済上の不利益であると主張するが、法律上の不利益と、経済上の不利益あるいは事実上の不利益とを峻別できるものではなく、法治国家においては国家と国民の関係はすべて法律関係に立つと言つても過言ではないから、ひとたび国家が介入するかぎり、国民個々の利益・不利益はすべて法律的な利益・不利益といえる。

この意味においても本件訴は法律上の利益がないとはいえない。

三、また、司法的救済になじむのはすべて法律上の利益があるものというべきである。

司法権の作用は、立法や行政によつて生じたひずみを是正するところに最も重大な作用があるというべきであるが、本件の場合、宇品線、日宇那線、観音線などの他地域のバス路線に比較して草津線沿線の住民である原告はいわれなき高額料金を取られているのが現状であり、これは行政のひずみによつて生じたものであるから、司法権はそれを是正する責務がある。

第三、証拠<省略>

理由

第一、本案前の抗弁について

一、行政処分の無効等確認の訴は、当該処分の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者に限つて提起することができるものとされている(行政事件訴訟法第三六条)。

そこで、原告が本件につき右法律上の利益を有するか否かを検討する。

二、原告は、被告が訴外会社の申請に基づき昭和四五年一月一〇日付でなした運賃変更認可処分のうち、草津線(己斐経由広島駅庚午住宅間)に関する部分は無効であるとしてその確認を求めている。そして、一般乗合旅客自動車運送事業を営む訴外会社の道路運送法第八条第一項に基づく運賃変更認可申請に対し、被告が原告主張日時に右申請どおり認可したこと、その結果、庚午中一丁目の隣町である庚午北四丁目は従来どおり三〇円に据置かれたが、原告の居住する庚午中町区域の町界である庚午中一丁目に入ると従来の三〇円の運賃が五〇円となり、約七〇パーセント値上げされたことは当事者間に争いがない。

本来、一般乗合旅客自動車運送事業の経営権は憲法第二二条第一項にいう営業の自由に属するものである。従つて元来は営業の開始、休廃止、運賃の決定、変更も企業の意思に従い、その責任において決められる事柄であつた。

しかしながら、現代の市民生活は交通機関に依存するところが極めて大きく、市民の日常生活は交通機関の提供する日常のサービスを抜きにしては満足に成り立たないといつても過言ではない。この意味で、一般乗合旅客自動車運送事業は電気、ガス、水道など日常生活に必要な物資供給事業と並んで市民の日常生活に不可欠な最も基本的な公益事業であるといえる。

又、一般乗合旅客自動車運送事業はある一定地域の不特定、多数の市民を日常的に相手とする事業である以上その施設も大規模なものとなり、それ故に地域独占的性格を有するに至るので、その運営の適否はその地域の市民に重大な利益、不利益を与える結果となる。道路運送法が一般乗合旅客自動車運送事業を免許制にし、事業計画、運賃の決定・変更、事業の休廃止等につき国の強い監督と規制に服せしめているのも右の理由による。殊に、運賃の変更はその旅客自動車を日常的に利用する度合の高い運送路線住民にとつて経済的負担を増すこと大であり、右運送事業の地域独占性が強い場合には、沿線住民は好むと好まざるとに拘らず、事実上日常的に右負担を余儀なくされる立場に追い込まれる。

従つて、一般乗合旅客自動車運送事業者の運賃変更申請にあつては、被告は単に業者の事情を考慮するに止まらず、それが一般市民、殊に路線付近住民の利益に反しないかどうかを充分検討しなければならないのは当然である。そして、かような付近利用者の利益は一般公共の利益の規制を通して間接に保護されているにすぎず、個個の利用者の具体的な法律上の利益ではないとも言われている。しかし、本来運輸監督行政は行政庁、事業者、利用者の三面関係として配慮されるべきであるのに、実際上事業者の保護に偏し利用者の利益を軽視して認可がなされるおそれがないとはいえないし、利用者の意見聴取の方法も取り入れられていない現状から考えると、近隣利用者に認可の瑕疵を問い得る道が確保されるべきであり、一般市民のうける抽象的利益と区別しうる具体的な法律上の利益と見ることも可能である。

以上述べたところによると、かりに、本件運賃の変更が草津線利用者にとつて著しく不利であつて違法に値するにも拘らず、運輸大臣がこれを認可したものであるとするならば、右近隣利用者は、右認可の違法を訴えをもつて争う利益を有するものといわなければならない。ところで、成立に争いのない甲第一ないし第三号証によると、原告が本件草津線の沿線である庚午中四丁目九の二八に居住し前記草津線の旅客自動車を日常利用していることを認めることができる。してみると、原告は、本件草津線の運賃変更の認可の適法性を争う法律上の利益を有するものというべきであつて、被告の本案前の主張は理由がない。

第二、本案について

一、原告は、被告が本件運賃変更を認可するに当り、平均二九・五パーセントの値上げであると発表しているにも拘らず、本件草津線のうち、三〇円から五〇円に値上げされた部分は約七〇パーセントの値上げであるから公平の原則に反する旨主張する。

成立に争いのない乙第一号証によれば、訴外会社の運営するバス路線全線の基準賃率(すなわち、一キロメートル当り運賃)は五・六円より六・五円に値上げされたこと、向宇品線の平均賃率が七・六九円から一五・三九円(値上げ率約一〇〇パーセント)に、宇品線が三・九八円から六・〇三円(同約五二パーセント)に、横川線が四・三二円から六・五四円(同約五一パーセント)に、横県線が二・五六円から三・八五円(同約五〇パーセント)に、吉島線が二・九四円から四・四一円(同五〇パーセント)に、中伝線が一・八〇円から二・七〇円(同五〇パーセント)に、旭町線が一・七九円から二・六八円(同五〇パーセント)に、草津線(但し広島駅―己斐駅経由―井の口)が四・九三円から六・九五円(同約四一パーセント)に、草津線(但し広島駅―己斐駅経由―庚午住宅)が六・一五円から八・六六円(同約四一パーセント)に、中山線が六・〇四円から八・五二円(同約四一パーセント)に、深川線が七・〇六円から八・八八円(同約二六パーセント)にそれぞれ値上げされたこと、三〇円から五〇円に値上げされた区間は他にも下温品―バスセンター間、広島駅―下温品間等があることが認められる。右各事実に照らすと、仮に本件運賃値上げ率が総平均二九・五パーセントであるとしても、本件原告主張区域の運賃が他の路線の運賃に比して全く合理性を欠く程に著しく不平等に変更されたとも言い難い。

二、原告は、三〇円均一運賃地域としての特定地帯の設定に不合理があると主張する。

三〇円均一運賃の範囲を原則として紙屋町バスセンターからほぼ半径四キロメートルの円の内部としたこと、宇品線宇品(紙屋町より約六キロメートル)、中広線日宇那(同約六・九キロメートル)、横県線三滝観音(同約六・五キロメートル)をも三〇円区間とし、草津線については庚午北四丁目までを三〇円区間としたことは当事者間に争いがない。

惟うに、右特定地帯の設定においてはなるべくその距離において平等であることが望ましいことはいうまでもないところであるが、各路線の利用状況、運営上の難易性、各停留所の地理的要因(終点であるかどうか)等を考慮し、バス運送事業の便宜上若干の相違を来すことがあつても、これをもつて直ちに著しく不平等な運賃変更であるということにはならないと解すべきである。そして、前記程度の差はいまだ著しい不平等な扱ということはできず、右結論は紙屋町バスセンターより庚午住宅までの距離が原告主張のように約四・七キロメートルであるか、被告主張のように約四・九キロメートルであるかの認定には左右されない。

三、原告は、庚午住宅までの運賃は四〇円となるべきで五〇円に値上げするのは違法であると主張する。

成立に争いのない甲第五号証及び乙第一号証によれば、被告によつて認可された本件運賃変更の内容は、現行基準賃率五円六〇銭に基づく対キロ区間制運賃を一区の最低賃金を二〇円とし、爾後の区間については最低賃率六円九〇銭に基づく対キロ区間運賃を最低運賃に加算した対キロ区間制運賃に、広島市内の特定地帯(すなわち、横川線祗園大橋、中山線中山踏切、横川線新大洲橋、草津線庚午北四丁目、中広線日宇那の各停留所に囲まれる部分)は二〇円均一制運賃を三〇円均一制運賃に変更するものであること、庚午北四丁目停留所から庚午住宅停留所までの距離は約一・一五キロメートルであることが認められる。そうすると、右運賃変更の基準を庚午中一丁目停留所以降庚午住宅停留所までの区域にそのまま適用する限りにおいては、原告の主張するとおり四〇円とするのが妥当である。

しかし、右変更基準と若干食い違う部分があるからといつて直ちに運賃変更認可処分を無効というのは早計である。既に述べたように、バス運賃を定めるに当つてはなるべく距離に比例するのが妥当であるとしても、必ず形式的に全区間に同一率の値上げをしなければならないものでもなく、当該区間の利用度、運行バス台数の多少、他のバス会社との均衡等の理由から右変更基準の適用において若干の差異が生じることはやむを得ないことであり、本件も右理由からの差異と推認されるから、これを被告においてそのまま認可したからといつて、右認可処分を無効ということはできない。

四、原告は、本件認可処分には手続上の瑕疵があり違法であると主張する。

運輸省設置法第一六条によれば、同法第六条第一項(諮問事項)の規定により附議された事項については、運輸審議会の定める利害関係人の申請があつたときは、公聴会を開かなければならないと、右第六条第一項の諮問事項には自動車運送事業の基本的な運賃に関する認可も含まれると定められている。

ところで、右利害関係人の範囲については運輸審議会一般規則第五条に規定しており、原告が同条第一項第一号ないし五号に該当しないことは明らかである。そこで運輸審議会が一般利用者の代表である原告を同項第六号の当該事案に関し特に重大な利害関係を有する者として認めないことが本件認可を無効ならしめるものかどうか案ずるに、右第六号に関する限り重大な利害関係を有するかどうかの判断は、運輸審議会の裁量に属するというべく、一般利用者の代表を利害関係人として認める運用が望ましい場合も少くないと考えられるけれども、本件の場合そのような扱いをしなかつたことが著しく裁量を逸脱したことであるとは認められないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

五、以上認定したところによれば、原告の主張する事実はいずれも本件認可処分の無効を来すほどのものではなく、結局原告の請求は失当というほかないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 五十部一夫 川口春利 池田和人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例